● ヒトリの夜  ●

いつからだっただろうか。
寂しさを紛らわすために、野分には秘密でこんなことをしているなんて。
バレたら、あいつは怒るだろうし、俺は恥ずかしくて生きていけない。

1週間。

そう、1週間顔も見れない日々が続くと、我慢ができなくなる。
こっそりと、野分の部屋のベッドに潜り込んで、野分の匂いに包まれて。

そして――

「野分、俺も会いたい…」



きっかけは、野分が研修医として毎日多忙な日々を過ごすようになってからの、すれ違いの日々が続いたこと。
今までも、すれ違いのない期間なんてなかった。しかし、一緒に住むようになってから会えない日々が続くと、一人暮らしをしていた時よりも寂しく感じてしまう。

例えば、洗面所に行けば二人分の歯ブラシ。台所に行けば二人分の食器。会えなくても一緒に住んでいる、という証拠を毎日の生活で目にするからだ。



そして、自分の論文の提出期限が迫っていて、俺も忙しい、アイツも忙しくて、一週間以上顔を見ないときだった。
毎度のことだが、ラストスパートがかかる期限まで残り3日間が地獄で、人間の三大欲求を満たしたいという気持ちすら持つ余裕もない。

しかし、その分仕上がった瞬間の高揚感は格別だ。
束縛から解放され、なんでも出来る気分になってしまう。
多分、疲労とそれに勝る喜びで、理性が少しばかり飛んでいるのだと思う。
現にこの時、迷惑をかけてしまったのが(かけたつもりはないが)秋彦。
論文が仕上がった日にはどうしても飲みたい気分になる。
そこで、たまたま秋彦も仕事が上がったというものだから、脱稿祝いだ!と飲みに誘ったのが、今後の俺の人生に衝撃を与えるきっかけになってしまった。その事実は後ほど、本屋で知ることになるが。

俺は、滅多に酒に飲まれるタイプではない。(と思っていたのに)

どうやら、俺は秋彦に野分とのことを洗いざらい喋ってしまったようで。
飲んでいた記憶はある。しかし惚気話を聞かせたなんてことは全く覚えていない。やっぱりあいつ実家の忍者を飛ばしたんじゃないだろうか。

この日の記憶と言えば、飲んで帰ってきた後に、電気がついていない誰もいない部屋に突然寂しくなり、一人でヤケ酒をしたことだ。

そして翌日の朝、二日酔いよろしく、ひどい頭痛に襲われたが、何よりも身の回りの状況に顔面蒼白になってしまった。

辛うじてソファで意識を失ったらしい俺は、肌寒さを感じてか毛布をかけていた。
しかもだ、この毛布は俺のじゃない。野分の使っているものだ。
無意識のうちに、俺は野分の部屋に取りに行ったことになる。勿論それも覚えているわけがない。

家に帰ってくる前に相当飲んだせいもあるだろうが、記憶を失うには十分な量のビールの空き缶がテーブルに散らばっていて。

極め付けは、テーブルの上と床にばら撒かれた大量の紙。


アルコールによって侵された、鈍くて重い身体を、ゆっくりと起こして、床の紙を一枚拾い上げ目を通すと。


「上條弘樹様」

「ヒロさん、お元気ですか」



……って!!!!
おい!!これ、野分からの手紙じゃねぇか!!



つまりは、あれか?
俺は、淋しさを紛らわせるために、浴びるように酒を飲んで、野分からの手紙を引っ張り出して、読み返して、更に野分の毛布に包まって寝た……と?


あぁぁ、頭が痛い。最悪すぎる……

いや、俺は論文に追われていて、寝ていなかったからだ!
野分も野分だ!
いつ帰ってこれるのか、連絡の一つでもよこさないからいけないんだ!

なんて、言い訳しようが、責任転嫁しようが、結局は自分のしてしまった行動なのが、腹ただしい。

二度とこんなことを繰り返すものか、と自己嫌悪という名の反省をし、その日は酷い頭痛に悩まされながらも、部屋の片付けをした。



その後、寂しさを紛らわす方法として、酒に頼るのは止めた。
28にもなったいい年した大人が、酒で記憶を失くすなんて恥ずかしいにも程がある。しかも、野分が原因でなんて、本人に知られでもしたら、「ヒロさんはかわいいですね」なんて、言うに決まってやがる!


……けれども、会いたくても会えない気持ちを抑えることは出来ず、俺が選んだ手段は――


「人の写真、勝手に撮ってんじゃねぇよ、バーカ…」


野分のベッドで野分の匂いに包まれながら、野分からの手紙を読むこと。
そして、口頭で返信をする。


酒に頼るより、恥ずかしいことをしていると自覚はある。
けれども、一人でいる時間を寂しさで埋めるだけに使うことこそ、寂しいと気付いてしまったから。



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うわーーー!!!
恥ずかしい恥ずかしい!!
何となく思いついて文章にしてみたけど、何なの、この超乙女なヒロさん!
こんな終わり方じゃなかったのに、手が勝手に動いてこうなりました。

完全に乙女モードで終わらせてみたけど、このまま何もせずに終わるわけがないよね。
気持ちが満たされた後は、絶対に人肌が恋しくなって、野分の事を考えて、、、ってなるよね!

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